芝川ビル「建物語」

芝蘭社家政学園 案内記事

2008年08月15日 [芝蘭社家政学園史料室]

この度、当ブログにて「芝蘭社家政学園史料室」という新カテゴリを設置いたしました。

このカテゴリでは、芝川ビルにて1929(昭和4)年から1943(昭和18)年まで開校された花嫁学校「芝蘭社家政学園」に関する史料をご紹介していきたいと思います。

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初回にご紹介する史料はこちら。

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(▲資料番号:F04-01-196)

何に掲載されたものかは不明ですが、芝蘭社家政学園について書かれた記事です。

周辺の記事から「洋裁」や「コスチューム」、「ファッション」という文字が見て取れることから、洋裁やファッション関係の専門誌に掲載されたものでしょうか。
何はともあれ、芝蘭社のことが非常に簡潔に、わかりやすく説明されています。

それにしても、冒頭の「花嫁前奏曲をかなでる芝蘭社」とは名台詞ですね!(笑)


※掲載史料の無断転載は固くお断りいたします。


本物は誰だ?!

2008年08月07日 [建物について]

先日、芝蘭社家政学園の入学案内パンフレットを眺めていた時のこと。

そこに掲載されている芝川ビルの外観写真を見た当社社員の一言。
「これはいつの写真?ドライエリアがないね。」

ドライエリアとは、地下室の外壁に沿って掘られる外堀のこと。この空間に窓を設置すると外気、外光の採取が可能になり、地下であるという閉塞感がずいぶんと緩和されます。

慌てて写真を確認してみたところ、確かに、伏見町通側(写真左手○印)には設置されているドライエリアが、心斎橋通側(写真右手○印)には見当たりません。
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そこで、芝川ビルの歴代外観写真をつき合わせて検証してみることに。

A:1927(昭和2)年の芝川ビル竣工時に撮影されたと思われるもの
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B:竣工翌年1928(昭和3)年1月の日本建築協会会誌「建築と社会」に掲載されたもの
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C:芝蘭社家政学園の入学案内パンフレット(学園開校の1929(昭和4)年前後に作成されたものか?)に掲載されたもの
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D:現在の様子(2007年撮影)
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さてさて、まるで「まちがいさがし」のようですが、まずは現在の建物と最も相違点の多いB画像の解説から。
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①実際よりも装飾の数が多い
②窓の形が異なる
③設計図面によると途中でなくなったはずの装飾がついている
④電柱の様子が違う
⑤ドライエリアがない
⑥何やら看板が立っている(「伏見町食堂」の記載?)
そこに掲載されている芝川ビルの外観写真を見た当社社員の一言。
「これはいつの写真?ドライエリアがないね。」

!!!!!!!!!

ドライエリアとは、地下室の外壁に沿って掘られる外堀のこと。この空間に窓を設置すると外気、外光の
①や②は後に建物に変更が加えられたとは考えにくいものです。この画像は写真というよりも、建物完成前に描かれたパース(透視図)かも知れない、というところでひとまず終了。


続いてはC画像の解説です。
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こちらは窓の数、装飾は現在と同じで、ドライエリア部分のみが異なっています。当時の写真加工技術がどの程度進んでいたのか知らないのですが、電柱が一本もなく、周囲の景色も削除されているところから、これも写真ではなくて描かれたものなのかも知れません。


最後にA画像。
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全体が写っていないのが残念ですが、こちらにはドライエリアもあり、電柱も電線もほぼ現在と同じです。しかも、こちらは印刷物ではなく、写真そのものが残っていますので、竣工当時の“現実の”様子を知るものとしては最も信頼できる史料と言うことができます。

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結局、「まちがいさがし」をしても“ドライエリアの謎”は解明できませんでした。
ただ、あれだけのものを後から掘って窓を設置するなんて不可能ですから、
①ドライエリアの地上面を変更した
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②B、C画像は写真ではなく建物はA画像の状態で完成、ドライエリアも当初から設置されていた
のいずれかと考えるのが妥当ではないかと思います。

・・・しかし、私はB、C両画像ともにその精密さからすっかり写真と思い込んでおりました。
A画像、本当の本当に写真ですよね???なんだか自信がなくなってきたなあ・・・。

THE STAGE (金子眼鏡) グランドオープン!

2008年08月05日 [お知らせ]

2008年4月1日に芝川ビル1階にオープンしたTHE STAGE 金子眼鏡さんが、
資料室「Archive(アーカイブ)」、工房「Atelier(アトリエ)」を加えて8月1日にグランドオープンいたしました!

◆THE STAGE(ザ・ステージ)
 OPEN 11:30-20:00
 (毎週月曜日 定休日、祝祭日の場合は翌日に振替)

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▲Store(店舗)
この度のグランドオープンでは店舗部分も増床されました。
手作りを始めとして、日本製の眼鏡が販売されています。

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▲Archive(資料室)
金子眼鏡さんが収集した眼鏡にまつわる史料約60点が展示されています。

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▲Atelier(工房)
今後、職人さんによる眼鏡の手作り教室などが開催される予定だそうです。


  *  *  * 以下、金子眼鏡さん資料より *  *  *

「THE STAGE」は、
「知っていただくこと(archive)」
「体験していただくこと(atelier)」
「使っていただくこと(store)」
という行為を通して、日本の眼鏡文化に触れ合っていただく場です。

今まで作り手が直に伝えることの出来なかったもの作りへの想いを皆様に届け、
味わうことの出来なかった皆様の喜びを直接に感じることが出来る、
未来に繋がる生きた資料館でありたいと願っております。

作り手と使い手のどちらが欠けても、もの作りの文化継承は生まれません。
ただ商品を売るのではなく、それが出来るまでの工程や苦労の物語、作り手の想いをお伝えし、
使い手にご愛用頂くことで、日本のもの作り文化の継承に繋がると確信します。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

金子眼鏡さんは、地場産業低迷が続く福井県鯖江市の眼鏡産業の活性化を目指して
2006年に廃業した眼鏡工場の空き家を舞台にもの作りへの挑戦を始めました。

この工房は後に「BACK STAGE」と呼ばれ、全国から志ある若者がもの作りを目指して集まっています。

「BACK STAGE」でのもの作り文化の発信拠点として開設された芝川ビルの「THE STAGE」で、皆さんも是非、日本のもの作りに触れてみませんか?


※本記事の写真(2枚目以外)は、金子眼鏡さんからご提供いただいたものです。

図面から見た芝川ビル 
~「芝川ビル モダンテラス」編 ~

2008年07月18日 [建物について]

芝川ビル4階のレンタル・スペース「芝川ビル モダンテラス」ポルティコのこの壁面。

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丸印のあたり、何かおかしいと思われませんか?
そう、まるで何かを塗りこめた跡のような・・・。

うーん、におうぞ、におうぞ~!!という訳で、表面を覆っている板を撤去したところ、出現したのはなんと鉄扉つきの窓。

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でも、実はこの窓の存在、ミステリー調に推理しなくても図面を見れば一瞬のうちに明らかになるのです。

芝川ビル4階の平面兼立面図からは、現「芝川ビル モダンテラス」が当初「集会室」として計画され、ポルティコに向かって4つの窓が設けられていたということがわかります。

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▲③が今回出現した窓。そして、②、④は共にドアに作り変えられていました。

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▲左側が③の窓。右側が④のドアです。

そもそもこの4階、もともと一室だった部分を分割してミニキッチンとトイレを設けており、平面的にも随分と改変が加えられているのです。この変化の中で、ドアが必然的に必要となったのでしょう。

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▲点線部分が増設された壁面。

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それにしてもお隣のビルが工事中のいま、窓からポルティコを通して眺める御堂筋の銀杏並木はなかなか素敵です。

お隣のビルが完成すれば建物に遮られて並木は見えなくなるのですが、どうか、この窓から見てもいいな、と思える素敵なビルが建ちますように・・・と思わずこっそり願ったのでした。


※図面の無断転載は固くお断りいたします。

塗装の威力

2008年07月18日 [建物について]

ここのところ、テナントさんのオープンが続く芝川ビル。お客様の出入りがあり、以前に比べて人目に触れることが増えて来る中で気になり始めたのが、塗装の剥落が激しく、汚れも目立つ共用部分の天井と壁面です。

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▲塗装前の壁・天井の様子。
 全体的に黄ばみ、所によって塗装面がパリパリと剥がれかけています。


芝川ビル81年の歴史の中で、当然、過去に何度か塗り直しは行われていたのですが、この度はできるだけ竣工当時に近い形での塗装を、ということで業者さんにも色々と調査をお願いしながら、建物共用部の壁面塗装の塗り直しを行いました。


作業の中で一番の問題となったのは、壁面の凹凸の有無です。写真からもおわかりいただけるように、芝川ビル共用部の壁面には凹凸のある塗装が施されていました(一部例外あり)。凹凸塗装の壁面は、他の近代建築でもあまり見かけたことがなく不思議に思っていたのですが、剥落部分の分析の結果、漆喰の上に、塗り上がりに凹凸ができる“マスチック塗装”が施され、その上から水性ペンキが塗布されたことがわかりました。

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▲躯体のコンクリートの上に①下地?(詳細不明)>②漆喰>③マスチック塗装。
 その上に更にペンキが塗布されています。

また“マスチック塗装”とは、昭和30年代の高度経済成長期、全国各地に公団住宅が建設されるあたりから一般的に使用されるようになった塗材であり、昭和2年の芝川ビル竣工時点での使用は有り得ないということも明らかになります。


こうして“カチオン”という下地材で凹凸を平滑にした上から“カシヌール”という塗材が塗布されました。“カシヌール”は漆喰を塗料化したもので、漆喰に比べて扱いやすく、むき出しの配管・配線への塗装が可能な優れものの塗材です。

作業途中、下地を塗り上げた直後の壁面にひび割れが入り、剥落が生じるといった不測の事態も発生。これは壁体のいたみが原因で、壁体を補強して塗り直すことにより問題は解決しました。それにしてもベース(壁体)がしっかりしていなければ、いくら表面(塗装)でごまかそうとしてもすぐにボロが出てしまう・・・というのは、何やら教訓めいたお話です。

暑さの中、冷房のない共用部分で職人さんが奮闘して下さった塗り上がりはこちら。

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正直なところ、これほど印象が変わるものとは思っていませんでした。
とにかく、明るい!のです。
と言っても、キンキラキンでまぶしいという感じでは決してなく、清潔感のあるやわらかい明るさ。

昔の人達が胸躍らせながら歩いたであろう、竣工したばかりの芝川ビルもきっとこんな感じだったのではないでしょうか。


■芝川ビル共用部塗装
施工:オーシンペイン株式会社


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