芝川ビル「建物語」

久しぶりの大発見!

この2月、芝川ビルではお雛様展の賑わいの陰でひっそりと、しかし重要な変化がありました。今回の記事では、芝川ビルにまつわる世紀の(?)大発見について、その経緯から詳しくご紹介したいと思います。

芝川ビルを所有する百又㈱(千島土地グループ)の住之江区にある事務所の地下室には、当社の創業家である芝川家にまつわる古い建具や家具などのほか、様々な物品が納められています。昨年この部屋の整理を行ったところ、最後まで正体不明な物体がひとつ...。

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木枠に納められたその物体は、社内の誰に伺っても「知らない...。」と皆さん首を傾げるばかり。

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木枠の間からはでこぼこした金属板らしきものが見えるのですが、一体何なのか全く見当がつきません。しかもとっても重たくて動かすのも大変。大量の資料整理の疲れも手伝って、勢いで高らかに「捨てます!」と宣言したところ、社長からの待ったがかかり、何はともあれ中を確認することに。

タイミング良く来社されていた和建築の川口社長にもご同行いただき、地下室で問題の物体にご対面。厳重に釘打ちされた木枠を、都合良く(!)傍らに置いてあったバールで撤去したところ、新聞紙に包まれた中から出てきたのは...。

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じゃーん!
あまりに衝撃的な姿に一同沈黙。

しかしこのデザイン、しかも「設計 澁谷五郎」を見れば、これが芝川ビルに関係あるものだということはすぐにわかります。それにしても...何と不思議な造形でしょう。お世辞にも洗練されているとは言い難いものの、原始的な力強さに溢れているではありませんか。

さっそく竣工時の芝川ビルの写真を確認したところ、該当物を即座に発見。そう、玄関のテナント案内プレートの場所にかつて設置されていたものだったんです。(P21_003)
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しかし、なぜこのユニークなデザインのプレートは撤去されてしまったのでしょうか?

そのヒントを求めて、このプレートを包んでいた新聞紙を調べてみました。
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新聞紙は全て昭和16年1月のもの。
昭和16年といえば、国家総動員法に基づく「金属類回収令」が公布された年です。公布されたのは8月ですが、不要不急の金属については昭和14年頃から任意の回収が始まっていました。時期ははっきりしませんが、芝川ビルでもエレベーターが金属供出により失われたと言われています。

このプレートは金属製(真鍮製)。しかも外から見ただけでは何が入っているかわからないように、新聞紙に包んだ後、木枠に納めて釘打ちするという厳封ぶりも考えると、もしかして...回収の難を逃れるために隠されたのかも知れないとの想像が膨らみます。

こうして戦争を乗り越え、70年近い時を経て再び日の光を浴びたこのプレートは、かのニッカウヰスキーの発見以来の芝川ビルのお宝大発見となったのでした。早まって処分せずに本当に良かった!

こちらのプレートは、さっそく芝川ビルの元あった場所へ里帰りしました。正面入口を入ってすぐの場所にありますので、ご来館の際には見落とさないように注意してご覧下さいませ。

ちなみに...。来館者を見守るプレート上部の大きなお目々と視線を合わせたからといって、石になってしまう...といった危険は一切ございませんので、安心してじっくりご覧下さいね。


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